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02  Heart of sword 1

 城の地下にある訓練室には、甲高い剣の音が木霊していた。石壁に反響するその響きは、ただの鍛錬とは思えぬほど激しく鋭い。二つの影が激突するように剣を交える。

 一人は青年。筋肉質な体躯に鍛えられた腕を持ち、アリアハンの兵士長として多くの戦場を経験してきた実力者である。

 もう一人はまだ少年――だが、背丈はすでに大人を思わせ、すらりと伸びた体躯に幼さは見えない。その長い腕から繰り出される一撃は重く、瞳の奥には炎が宿っている。

「はっ!」

 少年が渾身の力で左手に握った剣を振り下ろす。青年はそれを受け止め、すかさず受け流そうとするが――

「ぐっ…! うわっ!」

 剣が交差した刹那、少年がさらに力を込めた。受け流そうとした青年は押し負け、手から剣が弾かれる。剣は勢いよく地面に叩きつけられ、鈍い音を立てながら無残にも真っ二つに折れてしまった。

「相変わらずレオの力はものすごいな」

 青年――リックは『てっかめん』を外し、感服した様子で少年――レオに歩み寄った。

「すいません、また折ってしまいました」

「気にするな。剣は修理に出せば済むことだ」

 リックはレオの肩に手を置く。そこでようやく気づいた。自分は息を切らしているのに、レオは涼しい顔で呼吸一つ乱れていない。

「それにしても、訓練とはいえ兵士長が15歳の少年に完敗とは情けないな」

 あの日魔王討伐を誓った少年は、目覚ましい成長を遂げていた。最初は剣をまともに握ることすらできなかったが、今では誰もが認めるアリアハン一の剣豪。誰よりも貪欲に力を求め続けた成果が、今ここにある。その実力は、父オルテガをも超えるのではないかと噂されている。

「リックさんも充分強いです」

「やめてくれよ。慰めになっていないぞ」

 リックの年齢は23歳、アリアハン史上最年少の18歳で兵士長に就任した実力者だ。しかし、8歳下のレオにまるで歯が立たない。指導する立場にあることに違和感を覚えることも少なくなかったが、レオの希望で幼い頃からこれまでずっと師事してきた。

「リック、お主もそこまで悲観することはなかろうて」

 そのやりとりを見ていた老人が話しかけてきた。

「ライアンさん、いらしたのですか」

「じいちゃん、いつのまに」

 ライアンは、レオの祖父――すなわちオルテガの父であり、かつてアリアハンの兵士長を務めた伝説的な剣士だ。現在はセーヴ家の長老として、義娘のソフィアと孫のレオを見守っている。

「さっき来たばかりじゃ。レオがリックの剣を弾いたところは見ておった」

「いや、お恥ずかしい限りです」

 ライアンは折れた剣を拾い上げ、無言でしばらく眺めていた。年老いてもなお、眼光の鋭さは衰えていない。

「あのとき、なぜ受け流そうとしたんじゃ?」

「角度的にいけると思ったんですが…」

「結果はこのとおりじゃな。剣とは思い込みを見透かされてはならんのじゃ」

 ライアンはレオに目を向ける。

「レオはなぜ引かなかった?」

「剣筋でリックさんが受け流そうとしているのが分かったから、押し切る方が確実だと思った。わざと受け流させて油断したところを狙う手もあるけど、危険性は増すから」

 ほう、とライアンは顎を撫でた。

「レオ、わしはリックと話がある。先に帰っておれ」

「分かった。リックさん、ありがとうございました。明日もお願いします」

 ライアンがこのように声をかけるときは、決まって何か話があるときだ。レオは素直にうなずいて訓練室を後にする。

 残された2人の間には、静かな空気が流れる。

「どうじゃ、レオは」

 ライアンからレオの話を振られるのは珍しい。少し驚きつつ、リックは素直に答える。

「正直、底が見えません。まだまだ成長していますよ」

 年を重ねるごとに、自分とレオの力の差は広がる一方だ。

「本来なら俺の指導なんか全く必要ないですよ」

「違うな」

 ライアンは折れた剣を卓上に置き、視線を上げた。

「レオはあれだけの力を持ちながら、周囲の言葉に耳を傾ける。謙虚で、学ぶ姿勢を忘れぬ。この柔軟性こそあやつの真価じゃ」

「確かに、努力を惜しまず、驕りもせず。あれで15歳ですから末恐ろしいですよ」

「天賦の才を持ちながら、それを恃まず、毎日の鍛錬を欠かさない。剣だけでなく、思考力もある。一を教えれば、十にも百にもしてしまうからのう。オルテガとは似て非なる存在じゃよ」

 辛く地味な筋力訓練も欠かさず続け、柔軟な思考力と瞬時の判断力を身に付けた。今のレオは、まさにその集積の賜物だ。

「やはり、レオの方が、可能性があると…?」

 ライアンは、少し間を置いてからうなずいた。

「オルテガは、剣に生き、剣に死んだ。力こそ一流じゃったが、判断力に欠けた。無謀と分かっていても突っ込む悪い癖があった。だが、レオは違う。あやつは頭が切れる。理性と感性の両方を持っている。簡単にはくたばらんじゃろう」

「俺もレオならやってくれるような気がします。何となくですが」

「ただ、過剰な期待はかけてやるな。レオは繊細でもある。重圧に押し潰される危うさもある」

 『オルテガの息子』――国中がその名に期待を寄せている。本人が魔王討伐を公言した以上、背負うものは計り知れない。

「さて、わしもそろそろ戻ろうかのう」

 ライアンはゆっくりと腰を上げた。

「リック、お主も気を抜かず精進せいよ」

「え?」

「レオの剣にただ感心するだけではダメじゃ。あやつが前を走るなら、追いつこうとせんでどうする。師ならば背中を見送るのではなく、肩を並べてやらんとな」

 その言葉に、リックはハッとする。

「そうですよね。目が覚めました。ありがとうございます」

「うむ。お主がレオに負けていい道理など一つもないからのう。頑張るんじゃぞ、兵士長」

 そう言い残し、階段を上って行った。リックは頭を下げて見送ると、再び折れた剣に目を向ける。

(俺ももっと頑張らなくちゃいけないな)

 壁に立て掛けてあった新たな剣を手に取って、構える。稽古用の床が軋む。風を切るような鋭い風切り音が、訓練室に響いた。

 レオの背中を、ただ見ているだけではいられない。

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