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10 Marvelous crown

「いたぞ! 壁をよじ登っているやつらだ!」

 深夜の城下町。兵士の叫び声が静寂を引き裂いた。通常、この時間の街は薄暗い電灯がぽつりぽつりと灯るくらいで、外を歩く者はほとんどいない。

 しかし、この日の夜ばかりは別世界のようだった。懐中電灯を手にした兵士たちが、町の路地や家の軒先を照らし出す。その光は、黒い空間を切り裂くように鋭く、騒ぎに気づいた住民たちが戸口や窓から顔を覗かせ、呆然とその光景を見守っている。夜の静寂は、あっという間にざわめきに変わっていた。

「やばいぜ親分! 完全に気付かれちまった!」

 外壁を必死によじ登る男の一人が、光に目を細め、声を上げる。冷や汗で顔を伝う滴が月明かりに反射し、緊張感を増幅させる。

「おら、てめえら、とっとと登りやがれ!」

 親分と呼ばれた男が鋭く発破をかける。急かされた仲間たちは怯むことなく壁を登り続ける。

「門だ! 門を開けろ!」

 町の入口の門番に命じる兵士の声が夜空に響く。普段の夜間は侵入者を防ぐために閉ざされている門も、この状況下にあっては開けられざるを得なかった。

「登り切ったらすぐ向こうに飛び降りろ! チンタラやってる時間はねえぞ!」

 親分の指示に従い、子分たちが次々と壁から飛び降りる。高さ10メートル以上の壁にも関わらず、彼らはまるで小さな障害物を超えるようにいとも簡単に着地していく。残るは親分とその下で必死に足掛かりを探す若い少年だけだ。

「さて、後は俺だけか」

 親分がまるで自分に言い聞かせるかのように呟いた。

「お、親分! まだ俺がいるぜ!?」

 少年が息を切らしながら突っ込みを入れた。

「忘れちゃいねえさ…」

 親分の声が少年に安心を与えた。しかし、その安心は一瞬にして裏切られ、絶望へと変わる。

「あばよ」

 その一言とともに親分は少年を力強く蹴り落とした。

「なっ…!?」

 少年には反応する間もなかった。地面に迫る恐怖の中、まともに受け身を取ることができず、尻から強く打ちつけられ、その場に倒れ込んだ。

「落ちたやつがいるぞ! あいつだけでも捕まえるんだ!」

 兵士たちが動き出す。倒れ込んだ少年は身動きをとらず、地面に横たわる。兵士たちが一斉に駆け寄り、その身体を容赦なく押さえつける。少年は身体の痛み以上に、親分に裏切られた衝撃に失意し、逃げる気力が失われていた。

「何で…何でだよおおおおおおお!」

 外壁の上に消えてゆく親分を睨みつけ、少年は力の限り叫んだが、その声はむなしく夜空に溶けていった。兵士に捕らえられ、牢に連行される途中も少年の視線はただ外壁の向こうを追い続ける。しかし、親分の姿はもうどこにも見当たらなかった。

 街はいつのまにか元の暗闇を取り戻していた。

 

 旅の扉に連れてこられたのは、アリアハンの遥か北西にあるロマリア半島という大陸だった。現在、レオたちはいざないの洞窟のロマリア領側にある宿屋の一室で談笑している。まほうのたまを使用した際に倒れ込んだマリンの体調を考え、この日はここで一泊することとしたのである。

「ここから少し北に行くとロマリアのお城があります。緑あふれる、とても美しい都市ですよ」

 今は、ミルクがロマリア半島の説明をしているところだ。

「早く行ってみたいわ。すごく楽しみね!」

 ルナが好奇心を全面に押し出して興味を示す。そんな彼女を隣で見つめながらレオが相槌を打つ。アリアハン大陸から初めて出た二人にとって、他の城を訪れるのは初めての経験だ。どれほど大きな城なのだろうか――そんな素朴な疑問すら胸を躍らせるのに十分だ。

「マリンはロマリアに来たことがあるのか?」

 自分たちとは違い、ミルクの話に興味を示していないマリンにレオが声をかけた。

「いや、ないわ」

「アリアハンを離れたのも初めてなのか?」

「いいえ。あたし、そもそもアリアハン生まれじゃないし」

 どうやら彼女は別の大陸からレーベに移り住んできたらしい。

「出身はどこなの?」

 何気なく尋ねたルナだったが、マリンは返答を避けた。表情も次第に曇っていく。

「どうでもいいでしょ、あたしのことなんか」

 マリンの言葉には明確な拒絶がこもっていた。そのきつい口調に、ルナは余計な質問をしてしまったのだと気づいて謝りかけたが、マリンはそれさえも払いのける。

「今はそこの牛女がロマリアの話をしてるところでしょ。聞いてあげなさいよ」

 話題をそらそうとしているのは明らかだったが、誰もそのことを追求しようとはしない。ただ、ミルクが小声で別のことに対して抗議をする。

「で、ですから私は牛女ではないです…」

「牛みたいな胸してるんだから、別にいいじゃない」

 話はマリンの家で過ごした昨日の夜に遡る。

 自己紹介をしていた時のことだ。ミルクの話になった時、ミルクというのが愛称だと聞いたマリンはミルクをまじまじと見つめ、「牛みたいな胸をしているからミルクって愛称になった訳ね」と勝手に納得してしまったのだ。即座に三人は否定したが、確かにマリンの言う通りミルクの胸は豊かであるし、本人が恥ずかしそうにするものだから妙に気まずい空気が流れたのだった。

「そうやってからかったらかわいそうよ」

 ルナがマリンを咎めた。しかし、それがかえって彼女に矛先を向けさせてしまう。

「いちいちうるさいわね、まな板」

 マリンの一言にルナは心臓を掴まれたように言葉を失い、そのままうなだれて机に顔を伏せてしまった。ミルクとは対照的に、ルナは胸が非常に小さく、背も低い。加えて童顔であることを特に気にしており、これらは彼女にとって決して触れられたくない部分なのだ。

 反論しようにも、マリンもミルクほどではないにせよ十分に豊かで、その差はあまりにも残酷だった。隣にいるレオは、ルナの胸の内をよく理解している。マリンのなにげない一言が彼女にとってどれだけの屈辱なのかも容易に想像できた。しかし、今の彼にできることは、ただ彼女の頭を撫でて心の痛みを少しでも和らげることだけだった。

 そして、彼がマリンに目を向けると――皮肉を吐く口調とは裏腹に、その表情はますます虚ろとなり、これ以上声をかけることがためらわれた。

 マリンは故郷で何かあったのだろうか。レオの胸にそんな思いがよぎる中、今夜も重たい沈黙が部屋を包んでいった。

 

 ロマリア半島の中心に位置するロマリアは、鎖国を続けるアリアハンが国交を開いている数少ない国のひとつだ。街の中には色とりどりの木々や花々が咲き乱れ、中央広場には巨大な噴水が訪れる者を出迎えてくれる。一方で、定期的に市場が立ち、人々の往来でにぎわう活気に満ちあふれる都市でもある。

 今日はちょうど定期市の日。空高くに輝く太陽が、街の活気をいっそう引き立てている。

「うわあ…これ可愛いなぁ…あっ、こっちもいいな…」

 ロマリアに着いたレオたちも早速市場を歩き回っていた。装身具店の前で足を止めたルナが、夢中で髪留めを眺めている。いつもツインテールにしている彼女にとって髪留めは必需品なのだ。

「気に入ったものはあった?」

 近くで見ていたレオが優しく声をかける。アリアハンにいた頃もこうして二人でよく買い物をしたのを思い出していた。

「うん。ここのお店の髪留め、すごく素敵なの」

「買おうか」

「いいのよ、見てるだけだから」

 ルナは小さく首を振る。昨晩の話し合いの中で、「資金は四人で共有し、勝手に使わない」という取り決めをしたばかりだったからだ。

「遠慮するなよ。なあ?」

 レオは後ろにいるミルクとマリンに同意を求める。昨日の取り決めには「使うときは全員の許可を得ること」という条件も含まれていた。

「いいんじゃないの。何千、何万もするものじゃないんだし。ねえ、牛女?」

「ええ、私もそう思い…マ、マリンさん、今また私のこと…」

 二人のやり取りにレオは苦笑しながら、改めてルナに向き直った。

「二人もこう言ってくれているし、好きなものを選びなよ」

 好きな髪留めを買うように勧める。

「ありがとう。そうしたらお言葉に甘えて…」

 ルナは数ある髪留めの中から緑色のものを手に取った。

「緑を選ぶなんて珍しいな」

 明るい色を好むルナにしては意外で、レオは不思議に思った。他の色が売り切れていたわけでもなく、代わりに選ぶには系統が違いすぎる。

「ほら、この服とお揃いでしょ。たまにはいいかなって」

 ルナとともに海岸に置かれていたという緑色の服のことだ。

「ふーん。あんたっていつも緑なわけじゃないのね」

 マリンがルナと出会って以降、ルナはずっと緑の服を着ている。彼女の趣味なのだと思い込むのも無理はない。

「緑の服はアリアハンにいたときは着たことないわ。ピンクと白が好きなの」

 ルナは無意識のうちに自分を少しでもかわいく見せられると思う色を好む傾向がある。

「私もピンクと白が好きです」

「本当?」

 緑と青という寒色服を着ている二人に意外な共通点が見つかった。ルナとミルクが顔を見合わせ、嬉しそうに手をつないだ。

「くっくっく…いい趣味ね」

 マリンが鼻で笑った。本心からの賛辞とはとても思えない口調だ。

「何がおかしいのよ?」

「別に」

「言いたいことがあるなら言えばいいでしょ?」

 ルナが顔を強ばらせてマリンに詰め寄る。昨日の出来事も尾を引いているのだろう、感情が抑えきれないようだった。

「あら、これ何かしら? えーと…」

 マリンはそれを受け流すように視線を移し、壁の貼紙を指さした。

「カンダタ盗賊団…一人につき十万ゴールド…ものすごい懸賞金ね。一体どんなことをしたのかしら」

「話をそらさないでよ!」

「ルナ、落ち着けよ」

 レオがそっとルナをなだめる。荒くなっていた息が徐々に静まり、しばらくして彼女は落ち着きを取り戻した。

「つい最近、『きんのかんむり』というものが盗まれたみたいだな」

 マリンに続いてレオも貼紙に目を遣った。

 その時、噴水広場がざわめいた。甲冑の音を響かせながら一人の男が群衆を分け入って近づいてきた。その気配に気づいたレオは左手を剣にかける。

「あの、もしやオルテガ様の御子息でいらっしゃいますか?」

 レオは警戒を解かずに「はい」とだけ返事をした。

「やはりそうですか。私は王の遣いでまいりました」

 頑丈そうな鎧兜を身に纏ったこの男は、どうやらロマリアの兵士のようだ。その口調や立ち振る舞いを見て、レオは偽物ではないと判断していったん剣から手を離す。

「実は我が国の王が、あなた方に頼みたいことがあるというので探していたのです」

 どういうわけか、ロマリア王はレオたちがアリアハンからロマリアにやってきたことを把握しているらしい。できるだけ早く王のもとに向かってほしいとのことだ。

「僕だけで行ってくるよ」

 物騒な貼紙を見たばかりだ。レオは、三人を宿屋に送り届け、自分一人で王のところに行こうと考えた。

「全員で行きましょうよ。勇者一行が王様に謁見するいい機会じゃない」

 マリンの言葉に、レオはソフィアからの助言を思い出す。勇者としてどこの国でもその国の王様に謁見するように――と。

 残りの二人もマリンに賛同したので、兵士の案内に従って市場の喧騒を背に一行はそのままロマリア城へと向かう。石畳を踏みしめる足音が、次第にざわめきから離れていく。遠ざかる笑い声や商人たちの呼び声にかき消され、城へ向かう道の厳かさを際立たせていた。

 一行は、ついにロマリア王が待つ城門の前にたどり着いた。「王の願い」が彼らのこれからの旅路を大きく左右することになるとはまだ知る由もなかった。

 

 

 ロマリア城の内部はアリアハン城とは比べものにならないほど壮麗だった。磨き上げられた大理石の床に足を踏み入れると足音が反響して広間に響き渡る。壁には色鮮やかな絵画や金細工を施した壷が規則正しく並び、豊かさと威厳を誇示している。四人は思わず見入ってしまいそうになりながらも、案内の兵士の背を追って歩を進めた。

「ようこそいらっしゃいました、勇者殿。そしてお仲間のみなさん」

 兵士に導かれて到着した謁見の間で待っていたのは、アークに比べて温厚そうなロマリア王だった。柔和な顔立ちと落ち着いた口調からその人柄がうかがえる。

「アリアハンから参りました、レオンハルト・セーヴと申します」

 レオが本名を名乗り、片膝をついて挨拶しようとすると、

「なーに、楽な姿勢のままでいいですよ」

 ロマリア王から止められたレオは、戸惑いながらも立ち上がった。

「わしはゴールド・シーク。このロマリアを統治しております。こちらが娘のパールです」

「初めまして勇者様、そして皆様」

 ゴールドの右隣で慎ましやかに座るパールが立ち上がり、両手でスカートを押さえながら軽くお辞儀をした。王族からここまで砕けた挨拶を受けるのは民間人にとっては少し落ち着かない。

「そしてこちらが大臣のダイヤです」

 紹介を受けて、王の左隣に立っていたダイヤがお辞儀をし、四人もそれに合わせて一礼した。

「では、早速ですが本題に入らせていただきます。みなさんはカンダタ盗賊団を御存知でしょうか?」

「詳細までは承知しておりませんが、街中で貼紙を見かけました」

 レオの答えに、ゴールドはうなずいて続ける。

「近頃ロマリアの各地でカンダタ盗賊団なる賊どもが悪事を働いております。現場で捕まえようにも非常に腕が立ち、わが兵では全く歯が立たないのです」

「ふーん。一人10万ゴールドってだけのことはあるわけね」

 マリンが小さく鼻で笑う。盗賊団にかけられた高額の懸賞金のことだ。

「金に物を言わせるようで心苦しいのですが…」

 王は唇を噛みしめ、悔しさを押し殺した。

「つい先日、我が国の国宝であるきんのかんむりまでもが盗まれてしまったのです」

「国宝なんですか…」

 ルナが息をのむ。

「我々の力では取り返すことができません」

 王は玉座の肘掛けをぎゅっと握りしめた。

「どうか、カンダタ盗賊団を懲らしめて冠を取り戻していただきたいのです」

 仲間の意思を確認するためにレオが後ろを振り返ると、みながまるで示し合わせたようにうなずいていた。

「引き受けるべきに決まってるじゃない」

 最初に口を開いたのはマリンだ。正義感の強いルナとミルクならまだしも、彼女が賛成するのは意外だった。

「なぜ?」

 レオが小声で問いかけると、マリンは肩をすくめる。

「王家に恩を売っておいて損はないわ」

 冷静かつ的確な、いかにもマリンらしい意見だった。

「それに、どうせあたしが嫌だと言ったところであんたたちは押し切ってでも引き受ける気でしょ?」

 彼女の方がレオたちの性格をよく理解しているらしい。レオとミルクは思わず苦笑する。

「そうかもしれないわ」

 ルナはルナで、彼女らしい意見を述べる。考え方の違いはあるにせよ、四人の気持ちは一つとなった。

「お引き受けいたします」

「おお…ありがとうございます。感謝いたします」

 ゴールドは王の身でありながら、深々と頭を下げた。

「手がかりはありませんか?」

 レオの問いに、王はすぐさま大臣に目を向ける。

「ダイヤ、あの話をして差し上げよ」

「はっ」

 大臣ダイヤは懐から一枚の紙を取り出した。

「実は、盗賊団の一人を捕らえることに成功しました。現在、城の牢屋につないでおります。間違いなく何かしら知っているはずですが…」

 容易には口を割らないらしい。仲間を売るような真似を盗賊がそう簡単にするはずもない。

「大臣の話でお分かりいただけたかと思いますが、現状ではその者から何かを聞き出すことが解決の糸口になりましょう。盗賊の処遇はみなさんに一任いたします」

 そこまでの権限を与えられるのはありがたいが、捕らえられた盗賊が役に立つのかは分からない。しかし、他にこれといって手立てがないのも事実だ。

「ベスト、牢までみなさんを御案内してさしあげなさい」

「はっ! かしこまりました」

 先程の兵士――ベストが引き続き案内役となり、一行は地下牢へと足を向けることになった。

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